「詩」カテゴリーアーカイブ

【詩】花――ちっぽけな桜の樹

白石でまぶされた舗装路は、桜吹雪と縁がない。
古刹へといたる路、灰色の電柱を背に、ちっぽけな桜の樹が咲く。
盛りを過ぎた、枝先は緑がち。
虚栄と朽ちはじめた、白紅の衣。
紅色の寂寥を晒す、翼をもがれた花托。
ちっぽけな樹は、今年もちっぽけな満開を終えていた。
背に立つ電柱が悪いのか。
幹は中途で断たれ、枯死した昇天の穂先が、ぞろりとした芯を晒している。
いまは、幹の中腹より分かたれた先から、ちっぽけな春の証を示すのみ。
真正直に育めぬまま咲き、きたる春。
声高に誇れぬまま散り、おわる春。
ちっぽけな桜は、生きている。
ちっぽけな葉に、明日を託して。
ちっぽけな命が、息づいている。
ちっぽけな春よ、またね。

【詩】夕暮れ

 水槽で縛られた、ロブスターより紅くない。
 カップに満たされた、コーヒーよりも淡い。
 重くくすんだ陸海空は、黒胡麻の粉を溶き混ぜた牛乳のように、ざらつきながら深みを増す。
 かわりとばかり、ぬくもりを秘めた輝きが、陸海空を染め上げていく。
 玻璃のあちら。
 ぬくもりは、橋の上で彗星の尾を引き、橋の下で銀河がぎらつく。
 玻璃のこちら。
 ぬくもりは、天井から宇宙船を吊り下げ、天井から星座をうがつ。
 黒胡麻の粉が泥濘と化し、仕舞いには、ぬくもりの宇宙的背景と化す。
 わずか、両眼をおぼろげな感覚に任せると、積層された次元の秩序が明らかになる。
 野暮はよそう。
 ぬくもりの宇宙が、玻璃のあちらこちらで再統合される。
 ふとコーヒーで満たされる、干されていたカップ。
 ぬくもりの雫は、これぞロブスターの紅さ。
 迅速に干される、赤黒い液とともに、終焉を迎える、ぬくもりの宇宙。