浅草へ人力車へ乗りにでかけた。なにげに、人生初の浅草。
人力車の資料館を見学したり、雷門や浅草寺を見学して、人力車に乗る。最短の10分コースで2台乗せてもらいましたが、興味深かったです。む、人力車の写真は顔がアップで映るので使いづらいな。
おみやげに、人形焼きを買いました。
浅草へ人力車へ乗りにでかけた。なにげに、人生初の浅草。
人力車の資料館を見学したり、雷門や浅草寺を見学して、人力車に乗る。最短の10分コースで2台乗せてもらいましたが、興味深かったです。む、人力車の写真は顔がアップで映るので使いづらいな。
おみやげに、人形焼きを買いました。
転倒防止ストッパー無しが、本格派の証。
青木 登著『人力車が案内する鎌倉』を読んだ。現役の人力俥夫、「有風亭」の青木氏による鎌倉案内。本書は2部構成になっており、1部は人力俥の歴史と、有風亭が鎌倉で観光人力俥の営業を開始(1984年)してから現在(2003年)までの足跡。2部は人力俥による鎌倉観光の口上を文章化したもの。
人力俥というと、鎌倉駅前の二の鳥居付近に何台か客待ちをしているのは知ってましたが、乗ったことはなかった。大別すると、人力俥夫には、企業、個人、趣味人の3種類の方がいるそうです。著者は個人で営業されている。鎌倉での営業開始直後は客足が伸びず、苦労されたそうですが、地域に密着した地道な営業と、結婚式場の送迎を専属業務とできたことで収入が安定。その後、鎌倉に大手企業が参入して苦戦しつつも、現在にいたる。
基本は押さえつつも、観光ガイドに載っている以上のディープな知識が得られる良書です。
──と、結論を述べただけではツマラナイので、本書に載っている場所を、裏駅(鎌倉駅西口)周辺を中心に、何カ所か訪れてみた。鎌倉在住なので、ちょっと歩けば行ける場所なのです。
扇ヶ矢にある洋館、古我邸(P181)。鎌倉の歴史的建造物。
寿福寺(P175)。北条政子が建立した寺。
海蔵寺(P177)。紅葉の名所だそうですが、みんな散ってました。
海蔵寺内にある、「鎌倉十井」のひとつ、「十六の井(P178)」。岩をくりぬいた中に、16個の井戸がならんでます。ここは別料金で100円。
「鎌倉十井」のひとつ、「底抜の井(P178)」。尼さんが、桶の底が抜けた拍子に、うっかり悟りを拓いてしまったのが由来だそうです。
旧川喜多邸(P150)。いずれは映画記念館になると紹介されていますが、2010年1月現在、その工事が進められていました。
日蓮上人辻説法跡(P155)。日蓮上人が南無妙法蓮華教の布教活動をした場所。若宮大路の東側に平行して走る細い道に、「小町大路通り」だの「日蓮辻説法通り」だのと大仰な名前がついているとは知らなかった。
大巧寺(P198)。安産祈願の寺で、花の名所。境内を抜けると、若宮大路と小町大路通を移動できます。
鎌倉に住んでいるので、個々の場所は知っているのですが、そこにまつわる知識が加味されると、散策がより楽しくなる。2003年の情報なので、閉鎖してしまった場所もありますが、それを確かめるのも一興。そのうち、観光人力俥にも乗ってみたいですな。
ぐーたらお正月セットの実用化が待たれます。
正月の空気も霧散し、世が通常モードへ移行した昨今。ようやく地元、鎌倉の鶴岡八幡宮へ初詣にでかける。松の内の殺人的ラッシュにもまれる根性はございません。
夕方、訪れた八幡宮は、人出はあるものの参詣に窮するということもなく。
おみくじを引いたら、「大吉」。年初から幸先いいんでしょうな。
参詣をすませ、休憩所で甘酒でも飲もうかね、と入口をくぐったら、営業終了ですよと追っ払われた。さすが大吉パワー! 仕方なく八幡宮を後にし、小町通りのソーセージ屋で売っていた甘酒を飲んで帰りました。
よい一年でありますように。
イスラムだけの街じゃない。
陳 舜臣著『イスタンブール―世界の都市の物語』を読了。ヨーロッパとアジアにまたがる、トルコの大都市、イスタンブール。かつてはオスマン帝国の首都だったこと都市は、さらにさかのぼれば、ギリシャ人が造り、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルでもあった。名を変え、主を変えた都市の変遷を、現イスタンブール市内にある、さまざまな史跡から紐解くのが本書の趣旨。
ツアーでイスタンブールの市内観光をすると、定番スポットと言える場所がいくつかある。トプカプ宮殿、アヤソフィア博物館、ブルーモスク、などです。本書はこれらの場所も網羅しつつ、それ以外の場所の故事来歴についても紹介してくれる。そこで強調されるのが、東ローマ帝国領からオスマン帝国領となって以降も、すべてがイスラム化されたわけではなく、キリスト教、ユダヤ教と言った経典の民も信仰を認められ、共存していたこと。モスクの尖塔が立ち並ぶ、イスラム教徒だけでの街ではないということです。
近代になって、汎イスラム主義、汎トルコ主義に傾倒する以前のオスマン帝国は、ヨーロッパ人が驚くほど、異教徒に寛容であったのです。このやり方が破綻し、実情は多民族でありながら、トルコ民族という仮想的な単一民族を定義した弊害は、「トルコ人と言えることは、なんとすばらしいことか!」という皮肉をこめたスローガンで活写されています。
多面体を立方体の箱に押しこめるような無茶をするのではなく、異質さを尊重した先人の寛容さに学ぶべきなのだろうけど、言うは易くおこなうは難し、なのでしょうね。
強烈に甘いぜ!
お歳暮に、トルコのお菓子、ロクムとバクラヴァをいただきました。ありがとうございます! 超ひさびさにトルコのお菓子が食べられて狂喜乱舞。トゥルキエ、トゥルキエ言ってた甲斐があるというものです。
左がバクラヴァで、右がロクム。バクラヴァは、シロップがかけられた小さなパイみたいなお菓子。ロクムは、粉砂糖と澱粉がまぶされた、ナッツ入りのモチモチしたお菓子。どちらも、トルコではメジャーな逸品。さっそく紅茶といっしょに食べてみた。紅茶と一緒というか、紅茶が一緒でないと中和できないほど、強烈な甘さ。甘さを控え目なんて、軟弱なお日本の菓子とはワケがちがいます。
今度トルコへ行く機会があったら、ぜひ作りたてを食べてみたいものですな。トゥルキエ!
昨日という日も、すでに過去じゃよ。
昨日読了した『イスタンブールを愛した人々―エピソードで綴る激動のトルコ』ですが、6年前に上梓した『トルコ・イスタンブール旅行記』の参考文献に記載されてました。ありゃりゃりゃ?
……ということは、すでに読んでいたのか。たしかに、知っているエピソードもあるなあと思ったけど、一読した本をスッカリ忘れていたとは。既読感がなかったのは、6年前とくらべ、現在はある程度、近代トルコの知識を仕入れているので、読み取れる情報が増えたせいだろうか?
復習にはなったので、よしとします。
第一次世界大戦前のイスタンブールに、中村商店ってのがあったのか。
松谷 浩尚著『イスタンブールを愛した人々―エピソードで綴る激動のトルコ』を読了。興味を持っている、トルコ関連書籍として手に取りました。オスマン帝国の首都にして、トルコ共和国最大の都市、イスタンブールに関わった十二人の人々の活躍とともに、近代トルコ史および、日本との交流を概観できる。特に、トルコ革命前後における日本との関わりの部分は、もうちょっと早く読んでおけばよかったと後悔。人物誌であると同時に、近代トルコ史としても優れた読み物です。
来年2010年は、「トルコにおける日本年」に定められており、トルコと日本がますます近しくなる年。トルコから贈られた国父の像がヒドイ扱いを受けている問題も、とっとと解決してもらいたいもの。トルコは世界有数の親日国だそうですが、日本にもトルコ大好きな人はいるのです。
トゥルキエ!
千葉の釜飯、美味しいよ! ※実在の千葉県とは無関係です。
木更津みやげに、「ふるさとの味 千葉 あさり釜飯」をゲット。パック入りの米と具材を釜に開けて、電子レンジで加熱すれば、ホカホカ釜飯が炊き上がるらしい。
取説には、「フタを釜の上にずらさず乗せ、電子レンジ(500W出力)で約10~12分温めて下さい」とあったのだけど、ウチのレンジは600Wしか設定できないので、コレで10分間加熱したら、見事に吹きこぼれやがりました。ちゃんと監視してないと駄目みたい。
レンジ内は汚れちゃいましたが、無事に完成。ご飯が固い気がしたけど、取説の裏面に「そのまま10分~30分程、浸しますとさらにおいしく食べられます」って注記があるのに気づかなかったんだから、仕方ないよね! 取説は、裏まで読もう。
ちなみにラベル隅の注記によると、「この地名はイメージであって、現地の材料を使用し、現地で生産しているとは限りません」とのこと。「この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません」みたいなモノか。
貴様、死悪秘狩を受け継ぎし者か……。
以前に行った、木更津の中の島大橋に再訪。前回は時間がなくて、橋の先にある中の島を見学できなかったので、今回はタップリと歩きまくり。といっても、10分も歩けば1周できちゃう広さですけど。
天気もよく、富士山もバッチリ見えました。島には潮干狩り場があったけど、いまのシーズンはやってなかった。ちなみに、大人1400円で、2Kgまで採集できるそうです。