「感想」カテゴリーアーカイブ

横浜みなとみらいで『ヤッターマン THE 3D』を鑑賞

いや、内容をとやかくいうつもりはないんですが……。

横浜のみなとみらい21地区で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観てからともだちと合流する予定だったのだが、約束の時間まですこしあったので、周辺をブラブラ。

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よこはまコスモワールドという小規模な遊園地で、「ヤッターマン THE 3D」を観た。ご存じ、「ヤッターマン」を題材とした立体映像の短編アニメ映画。3Dメガネで、とびだすアクションがたのしめる。料金は400円で上映時間も15分弱だから、ちょうどいい時間つぶしとおもって入ったのだが……なんと、観客は僕ひとり。小規模とはいえ50人ぐらいはいれる劇場に、お兄さんが案内してくれて、僕だけのために上映してくれました。土曜の昼に、観客が僕ひとりって……。

なんだかとてつもなく、いたたまれない気分で立体アニメを鑑賞した次第。ゴメン、僕、ドクロリングはもってないんだよ……。

横浜駅前でともだちと合流してから、中華料理バイキングをたらふく食べました。うっぷ。

本日の撮影動画。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』で、合唱祭をおもいだす

アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を映画館で鑑賞。

前作となる「序」は劇場で鑑賞しているし、前日にテレビでやってたのも観たので、予習はバッチリです。「序」が、基本的にテレビ版のリメイクだったのにたいし、今作は大筋はテレビ版どおりながら、細部がいろいろ変わってる。詳述はさけますが、わかりあえなかった登場人物たちが、エキセントリックながらも「はなせばわかる」、もしくは「はなす余地のある」マイルドな性格に変更されてます。主人公とヒロインたちとの位置関係から当然発生するであろうラブコメ時空が、まっとうに発動してるのにもビックリ。ひねくれていたり、わかりづらかったりしても、みんな根はよい子になってます。投入された新ヒロインは、おもった以上に既存キャラとのからみがすくなく、勝手に暴れている感じ。なにやら大望をいだいているようなので、次作以降の活躍に期待。

要所でかかるBGMの選曲がアニメっぽくない渋すぎるチョイスのため、なんだか学生時代の合唱祭をおもいだしました。

エヴァって、よくもわるくも要注意タイトルで、最後のさいごで観客を奈落につきおとす前科があるわけですが、今作はそのレッテルをよい意味で払拭しようする努力がうかがえます。いまのところ結果がでているので、トータルパッケージとして観客の予想をこえた大団円に期待します。

それが期待できちゃうクオリティの、エヴァなのでした。

『トルコ民話選』忠告は、まもらないのが基本

いまも今、たったいま。ひとりのよっしいが『トルコ民話選』を読んだ。

トルコの民話で世界的に有名なのは、なんといっても『ナスレディン・ホジャ』という、とんちの利いたおじいさんなのですが、本書ではあえてそれ以外の民話に焦点をあてている。トルコ語と日本語訳が併記されているので、オリジナルの雰囲気をあじわえます。

主人公が機転をきかせて富や名声、美女をゲットする展開は世界共通。ただ、日本の民話とちがうなと思うのは、「やってはいけない」と忠告されたことは、「とりあえずやってみろ」が基本なところ。『浦島太郎』は、乙姫からもらった「けっしてあけてはならない」玉手箱をあけて、おじいさんになるのがオチ。でもトルコの民話は、失策による逆境から栄光をつかむはなしが多い。ペナルティはあっても、挽回可能なのです。

たとえば『ロバの頭(EŞEK-KAFASI)』という物語は、子供がさずかるといわれてもらった魔法のリンゴを、ほんとうは夫婦で半分こしないといけないのに、うっかり夫が全部たべてしまい、妻の腹から子供ではなく、夫の腹から「ロバの頭」が息子として出てくる。この、ロバの頭が主人公になって物語が展開します。コレでちゃんとハッピーエンドになります。

生の民話らしく、残酷な展開もあり、日本の民話と共通するパターンもありますが、意表をつかれる展開もあり、なかなかにたのしめる民話集です。満足。

僕も望みがかなったので、みんなも望みをかなえましょう。←テケルレメ(きまり文句)ふう

『早わかり 中東&イスラーム世界史』で中東概観

宮崎正勝著『早わかり 中東&イスラーム世界史』を読んだ。

古代、中世、近代、現代の中東史を一貫して概観できる。古代から中世にかけて繁栄した中東世界と、現代の戦争やらテロやらで物騒な印象のある中東世界とが、どういう流れで結びつくのかが、わかりやすくしめされています。世界史の授業だと、コマ切れにされてしまうので、こういう本はありがたい。

ぬぅ──にしても、不義理なはなしばっかりだなあ。

『オスマン帝国の近代と海軍』汽缶爆発しょんぼり海軍力

『オスマン帝国の近代と海軍』を読んだ。

薄い本なので、すぐに読破できます。オスマン帝国というと、騎馬民族を母体とするだけに陸軍の強さに目がいきがちですが、すぐれた海軍力で地中海の制海権をえたこともおおきい。とはいえ、トルコ民族は操船術にたけているわけではないので、海賊を提督に任命するなど、「外注」によって強大な海軍力をえた。しかし、中世から近世にうつり、ヨーロッパの技術的優位があきらかになると、敗戦とともに「外注」していた民族がつぎつぎと独立し、オスマン帝国海軍は弱体化の一途をたどる。本書はオスマン帝国末期の海軍の窮状に注視しています。

日本が明治以降、海外からまねいた軍事顧問を師としながらも、みずからの力で海軍力をたかめたのに対し、オスマン帝国は軍事顧問をまねいても、自国の技術として消化しようとするする意志がなく、いつまでも「外注」にまかせきり。とくに、海事関係で大きなはたらきをしていたルーム人(ギリシャ人)が独立すると、自国内のルームは信用できないけれど、それでも船をうごかすためにはルームにたよらざるをえない。スルタンの肝煎りで──予算を無視して──そろえた近代的な軍艦も、維持費がかさむと20年間ほっぽっておいて、いざ戦争だかとらうごかそうとしたら、汽缶は爆発するわ、大砲を撃ったら破損するわ、座礁するわのていたらく──でも陸軍が勝ったのでことなきをえた。

日本とトルコ友好の契機となった「エルトゥールル号」の座礁、沈没事件にしても、このように低下しまくった海軍力にもかかわらず、イスラム世界の盟主としての力を誇示するために日本への派遣を強行し、さらに日本側の忠告を無視して、台風へ突っ込んだすえの末路だったそうです。

『トルコ狂乱 オスマン帝国崩壊とアタテュルクの戦争』を読んだときも、よくこの窮状からトルコ共和国への独立を勝ちとったものだと感心しましたが、本書からもオスマン帝国末期のしょんぼりぶりがみてとれる。時流に即してベストをつくせば、世界帝国も築けますが、そこからはずれて改善する自浄努力をおこたれば、どういう末路をたどるか──日本もまた航空戦力への転換を徹底できず、大艦巨砲主義にこだわったすえに果てた国であるだけに、おおいに学ぶべき点のある良書です。

アニメ『動物農場』ガクブル風車と『オートマニア2000』

1954年のイギリス製アニメ映画『動物農場』を、DVDにて鑑賞。

横暴な農場主を動物達が追放するという「革命劇」のすえに誕生した、動物の動物による動物のための楽園であるはずの動物農場はしかし、あらたなる支配者によってより過酷な搾取の場と化していく。ロシア革命を風刺してはいるものの、いつの時代、どこの国でもおこりえる権力の腐敗を描いています。くらしを豊かにするはずの風車建設で、動物たちが苦役を強いられる本末転倒なシーンが、『どうぶつの森』の風車建設イベントとかさなってしかたありません。

アニメ版は、原作小説をコンパクトに映像化していますが、最大の改変はラストシーン。原作では横暴な独裁者が支配を完成させるところで終わってますが、アニメ版はさらなる革命の足音がひびくシーンが追加されている。ここらへん、賛否両論あるようですが、原作尊重云々をぬきにすれば、きれいにまとまっていると思う。

DVDにはアニメ制作の舞台裏を紹介したドキュメンタリーと、10分ほどの短編アニメが3本、収録されている。とくにおもしろかったのは『オートマニア2000』という作品。モータリゼーションの発展によって車が高機能かつ多機能な移動個室として進化し、ついにはうごく必要もない、自己増殖可能な積層世界を構築する。21世紀の視点からすると、個室にひきこもっていても、さまざまなサービスが提供されるというのは、車社会というよりネット社会を彷彿とさせますが、日本製の超大型乗用車らしきモノも登場するのが興味ぶかい。軽薄短小よりも重厚長大が尊ばれていた時代なんでしょうね。レトロフューチャー感タップリの、モダンな逸品です。

『人とロボットの秘密』最新の人型ロボット事情

『人とロボットの秘密』という本を読んだ。

人型ロボット開発の最新事情がよくわかる。本書は2008年に出版されたのち、ITmediaにて順次Web公開されているのだが、つづきが気になったので書籍版を買いました。

人間の機能と精神は機械的に再現できるかという、SFでは当然できるけど実際はなかなかむずかしい問題について、ガンダムやマジンガーZを引き合いにだして、わかりやすく解説してくれます。初期の人工知能の研究では、コンピュータのプログラムを発展させることで、人間の心を再現しようとして失敗。条件分岐を設定するだけでは、すべての状況に対応することはできないし、そもそも人間はすべての可能性を計算した上で行動しているわけではありません。

最新の研究では、人間らしい思考というのは人間の体と密接にかかわっており、人間と同等の精神を再現させるためには人間と同等の肉体が必要なのだとか。どこまで一致させる必要があるかはわからないので、ともかく似せることに注力している段階。

ここで紹介される、「受動意識仮説」というのが非常に興味ぶかい。従来、人間は意識(精神)と肉体のふたつがあり、意識というパイロットが肉体を操縦していると認識されてきました。「僕とあの娘の心と体が入れ替わっちゃった!」なんてフィクションは、この認識がもとになっています。しかし、、「受動意識仮説」では意識の指令によって肉体がうごいているのではなく、肉体は反射的におこなっている機能の集積によってうごいており、その結果として出力される物語が、意識なのだそうです。意識したからうごいているのではなく、うごいた結果をもとに意識が生成されている。なぜ意識がうまれたかといえば、反射的な行動だけではなく、前後関係をもとにした複雑な行動計画を立案するため。「こうするためには、ああしたほうがいいよね」と推論できれば、より合理的に行動できるから、というわけです。

たしかに、日常的な行為の大半は、こうしようと意識しなくても勝手にうごいている。むしろ、意識して制御している──と思っている──行為のほうがすくない。人間そっくりのロボットを造るときも、ロボットのシステムが単一の意志ですべてを制御するのではなく、さまざまなセンサーからの情報を並列処理し、目的のためにとりあえずうごいてみることで最適化するような方式が良いのかもしれません。

マンガ版『蟹工船』地獄さ行ぐんだで!

マンガ版『蟹工船』を読んだ。

小林多喜二さんの同名小説をコミック化したものですが、しらべてみたら色々なかたがマンガ化されているようで。僕が読んだのは、原恵一郎さん作画のコミックバンチ版でした。カムチャツカで、カニ漁と缶詰加工をおこなう船に乗り組んだ人々の過酷な日々を描く。

死人がでるほど労働者を酷使するのは、かえって作業効率をおとすのでは……とは思いますが、ていどの差こそあれ、いまもむかしも存在する現実なのでしょう。ラストの展開が尻切れトンボな感じですけど、原作も同様なのでこれで忠実なようです。

僕はどんなにいそがしくても、職場やカプセルホテルに泊まるぐらいなら、たとえ終電でも可能なかぎり帰宅します。奉公しても滅私は勘弁。

『店長の憂鬱1』回転ズシャー

碓井 尻尾さんの4コマ漫画『店長の憂鬱1』を読んだ。

勤勉だが、苦労人でスーパーローテンションな店長が切り盛りする回転寿司屋の憂鬱な日々を、まったりと描く。個性的すぎる店員たちのほかにも、日々脱走をくわだてながら飼い殺されているカニとか、赤ワインを持ち込むアンニュイな女性とか、傍若無人なお子様っぷりを発揮しまくる幼児とか、そりゃぁ接客業も大変だよといわんばかりの面々が総登場。

回転寿司屋にいくと、いつもはいかに安価で新鮮な寿司をいちはやくゲットするかに腐心してますが、ふと店内を注視すれば、意外と愉快なメンツの日常がくりひろげられているのかもしれません。風呂のない寿司屋でひんぱんに寝泊まりする店長が、ちゃんとシャワーを浴びるか、銭湯にいってるのかだけが気がかりです。