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終景
 
 夕刻、安儀螺屋[アギラや]店内にて。
 とまれ牡幕[ボマーク]が無事終了したので、ささやかな宴席が設けられた。
 シンカイ親子やトレス、ジャンヌはもちろん、レジーやフュール一家も参加している。
 ありあわせの材料でサザンが作り、チデン=フュールの妻であるナセルが手伝った。
 その他の面々も、それぞれ出来ることを分担する。
 品目は、おにぎりが四十個、豚汁、冷や奴、たくわん、それに酒とお茶。
 
 宴の席で、ロクセンゴはレジーに、こう告げた。
 希定は、四百年前の那刀[ナトウ]全盛期のものではない、と。
「何ですって?……じゃ、希定は……」
「そうさな。百年……いや、せいぜい五十年以内に打たれた物だぜ」
「まさか……そんな最近に……あそこまで完璧な那刀[ナトウ]を再現した者が?」
「いんや……再現したとか、そういうじゃねえ……ありゃ、本当の造り方を知ってる奴が、まんま素直に打ったって感じだぜ……俺も信じらんなかったが、どっかに、那刀[ナトウ]そのものの造り方が、残ってるんじゃねぇか?」
「……いや……ああ、なるほど……言われてみれば、そうかもしれませんね。たしかに、面白みに欠ける刃だとは思いましたが、裏を返せば実用性のみを追求しているのかもしれません……むしろ、あれが本来の那刀[ナトウ]の姿なのかも……これは大発見ですよ!」
 
 すこし離れた場所。
 トレスは、フュール親子の子供たちの、おもちゃにされていた。
「おらおらっ……おん馬さん、おん馬さん、はいどぉ〜!」
「どぉどぉ〜!」
 幼い兄妹二人を乗せて、トレスは店内を四つん這いになって走り回る。
 なまじ力があるだけに、兄妹は大喜び。
「すいませんね、トレスさん……こんな事までしてもらって」
「……はぁ、はぁ……い、いや、別に好きでやってる、こ、ことだから……」
 と言うわりに、かなり息が切れている。
 ひょっとして、今日一番、疲れる仕事かもしれないな。
「ほらほらっ、おそい、おそいぞっ!」
「ぞいぞいっ!」
 ばて気味のトレスと、それにまたがる兄妹。
 ナセルは、酔いつぶれた夫を膝枕しながら、その光景を微笑ましく眺めていた。
 
「じゃぁ、トレスさんの勉強を見ながら、ご自分も勉強してるんですか?」
「ま、いまのところ紫大の講義もたいしたことないから、特に問題はないし……トレスも自分の仕事はきっちりやってるし……結構、満足してるわ」
 サザンとジャンヌは、お茶をすすりながら、世間話に花を咲かせている。
「でもジャンヌさん、たいした弁舌の才能ですね」
「いずれ、自分の力で権力を握るつもりだから……この程度は当然よっ」
「僕は、それほど大した能力はありませんよ」
「あら……何か志望することとかないの?」
「……まぁ、強いて言えば、那刀[ナトウ]専門の研ぎ師になりたい……ですかね。」
「鍛冶屋になる気はないの?」
「僕は、腕力がありませんから……研ぎで重要なのは、力よりも集中力です……そういうのは、割と得意なんですよ」
「へぇ……じゃ、トレスなんか、お得意さまじゃない」
「そうなってくれると、うれしいですね」
「嫌だと言っても、わたしが連れてくるから、ね?」
「よろしくお願いします!」
 そう言って笑うサザンは、妙に嬉しそうだった。
 
 
 夜、カズトの病室。
 カズトはベットに横たわり、天井を見ている。
 横では椅子に座ったエリーが、ベットを枕に静かな寝息を立てていた。
 先程、トレスとレジーの決闘の顛末が報告されてきた……
 なるほど、あの娘は勝つためには人斬りも辞さない……むしろ、それを望んでいる。
 かつて、カズトもその壁を越えるために、努力した覚えがあった。
 はじめて人を斬り殺した時は一晩、震えが止まらなかった覚えがある。
 あまり、いいものではないが……
 このことは、エリーにはまだ伝えていない。
 彼女は午後中、ずっと看病していた。
 着替えや清拭[せいしき]、食事の他にも下の世話まで、彼女は進んで行う。
 わからない。
 なぜ、そこまで自分に尽くすのだろう?
 
「う〜ん、むにゃむにゃ……カズト君、そんなとこ触っちゃダメです〜★
 
 またもや、意味不明の寝言を言うエリーを、カズトは持てあまし気味に眺める。
 ふさっ。
 とりあえず、割と自由に動く右手で、毛布をかけてやる。
 最近、夜も冷えるようになった。
 風邪をひかれては困る。
 ……何が困るのだ?
 カズトは、自分自身に困惑し、布団を頭まで被った。
 
「あっはぁ〜ん、です〜★
 
 
 夜半、安儀螺屋[アギラや]からの帰り。
 サザンから借りた提灯[ちょうちん]のあかりを頼りに、紫陽花[オルテンシア]大學[だいがく]への道を行く。
 ちなみに、提灯を持っているのはジャンヌ。
 いざという時、トレスがすぐに戦えるようにという、ジャンヌの配慮である。
 本当のことをいえば、闇夜の提灯は格好の標的となるので、弓矢で狙われたら危険……とも言えたが、そこまで心配してたらきりがない。
 だから素直に、ジャンヌの好意を受けた。
 かわりに、希定と行きにジャンヌが持っていた装帯[ハーネス]の入った風呂敷はトレスが持つ……それに、[つば]のない、那刀[ナトウ]の形をした木剣も。
 これは木刀[ボクトウ]という物だそうで、昔は那刀[ナトウ]剣術の鍛錬用として使われていたという。
 これが今日の報酬。
 さりげなく、トレスは大満足であった。
 
 ジャンヌが話しかける。
「すっかり長居しちゃったわね」
「でも楽しかった」
「そうね……ああいう市井[しせい]の宴席に出たのは、わたしも初めて……」
「あ……ジャンヌは、あーゆーのは初めてなんだ」
「一応、最近まで王女様っぽい生活をしてたからね……お忘れかも知れないけどっ」
「ははは……ほんと、ジャンヌといると、王女様だなんて気がしないよ」
「そりゃ結構……わたしも努力した甲斐があったってものね」
「でも……本当に一人で生活するつもりだったのか?……護衛とか、いないの?」
「全部、断った……護衛はトレス一人よ。いずれ、誰か雇うつもりではいたけどね」
「そうなのか?……でも、ずっと見張ってるわけにもいかないから、正直、一人じゃ面倒見切れないぞ……」
「いいのよ……できる範囲で。どうせ、王宮にいても退屈なだけだしね……ここに来てから、毎日が刺激的でいいわっ」
「……それはいいけど、いい加減、例のフュールなんとか流の事も教えてくれないか?」
「ああ……あれね……ま、いいけど、那刀[ナトウ]大好きっ娘のトレスちゃんには、ちょっと面白くない話かもよ?」
「大好きっ娘って……」
「はいはい、じゃ講義をはじめるわよっ」
「あ、ああ」
「じゃ、さっきちょっと話した、流恵九[リュッケナイン]のことは覚えてる?」
「うん」
流恵九[リュッケナイン]真那砂[マナサ]に侵略をかけた時……対抗した無双の剣士たち……それが不緩士到[フュールシトウ]流、なのですっ!」
「じゃ、昔は強かったのか?」
「ところが、そうじゃないのよねぇ〜。当時の人はそう思ってたんだけど、本当はね……」
 
「ふむふむ」
 
「でね、でね……」
 
「ほほう」
 
「でもって……」
 
「ふぅん」
 
 かくて、那水[ナスイ]の夜は更けた。
 
おしまい


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