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S.S.Princess
── その五、みなとみらい、からすの決着 ──


十三

 
 その一撃は[はや]く、受けたのはギリギリだった。
 当然のように、すわんの手に握られる長大な蒸気剣、超級幻我。
 覚悟していた……《猫と狩人》との、最後の闘い。
 だが、壁を叩き割りながら出現してきた相手には、少なからず驚く。
「おミキ……」
 うつろな、赤い瞳の少女。
 どこか、昆虫的なシルエット。
 小麦色の肌に彼女がまとう、奇妙な装束と、細長い剣には見覚えがある。
 先日、チラッっと見せてもらったノート。たしか……
「初出……超級剣姫……超級、幻我……」
 そして彼女の頭には、人間の耳とは別に、ウサギの耳が二つ生えていた。
 鋭角的な耳が、ゆらりと揺れる。
「……ハンターコール、エルアレイラ……ウサギのイグジストを半憑依させた、完全攻撃型の社員」
 壁のむこうから、声がする。
 音のある、声が。
 猫君主[キティロード]のモノ……ではない。
 すわんは剣を横にないで、意識の方向と思われる壁を斬る。
 
Rigftyue[リッフュー] ratfiof[ラッフィオ] ratfi[ラッフィ] ratfi[ラッフィ] ratfiof[ラッフィオ]
 瞬間、大音量がなだれ込む。
 いや、それは音ではない。
 電気的に合成された、無機的な意識が、『烏鷺咬蛇[ウロボロス]言祝[こと』を斉唱。
 存在体[イグジスト]的に厳重なシールドの施された壁のむこうで、無数の電子機器がまたたいている。
 そこに立つ、一人の少女、狩人名[ハンターコール]久理数P[クリスピー]こと須磨[すま]チエリ。
 ペルシャ猫の耳を生やした彼女は、ミキとおなじぐらいの無表情でたたずむ。
「先輩が、おミキを調節したんですか?」
 硬質化する、すわんの声。
『……L唖鈴楽[エルアレイラ]、私の持てる、全ての技術で完成させた……彼女にはもう、人間の意識はないわ……精神性[メンタリティ]にうったえるのは、あきらめなさい』
 久理数Pの声は、客観的な事実のみを告げる。
Rigftyue[リッフュー] ratfiof[ラッフィオ] ratfi[ラッフィ] ratfi[ラッフィ] ratfiof[ラッフィオ]
 その間も合成意識による、『烏鷺咬蛇[ウロボロス]言祝[ことほぎ]』が流れつづけていた。
「でも……紅浄気が……」
『……本人の存在体を封印し、ダミーの存在体[イグジスト]を上書きして、そこに任意の半憑依をすればすむこと……あんなもの、いくらでも回避する手段は、ある』
 すわんは、常人では視認できない速度で移動すると、剣を久理数P[クリスピー]につきつける。
「なら、先輩が元に戻して。ちゃんとした相手なら、勝負します。おミキをこんな、くだらない闘いに巻きこまないで下さい……」
『……私に言っても、無駄。私を倒しても、無駄……そういうシステムを、構築したから……彼女が社員になるのは、ずっと前から決まっていたこと……ずっと、監視されていた……これは、既定の事実』
「そんな……じゃ……おミキが……!?」
 
 背後から、無機質な刃。
 すわんは、身をひねってかわす。
 勢い余った初出超級幻我が、久理数P[クリスピー]を貫く。
Rigftyue[リッフュー] ratfiof[ラッフィオ] ratfi[ラッフィ] ratfi[ラッフィ] ratfiof[ラッフィオ]






 一瞬、傷口から大量の蒸気を吹き出してから、崩れ落ちる久理数P[クリスピー]
『……あなたが、敗北すれば、私は復活……で、きる……も、もう……』 
 久理数P[クリスピー]は細かいチリとなって、消滅する。
 剣を引き、フェンシングのような構えを見せるミキ……L唖鈴楽[エルアレイラ]
 この勝負は、回避できないのか?
 いや、へたに彼女を無力化するよりは、このまま倒した方が早い。
 そのほうが、あとクサレがない!
 決断するや否や、すわんは突進する。
 渾身の力を込めて、剣をふりおろす。
 ぶつかりあう、二つの超級幻我。
 互角。
Rigftyue[リッフュー] ratfiof[ラッフィオ] ratfi[ラッフィ] ratfi[ラッフィ] ratfiof[ラッフィオ]
「黙れ!!」
 すわんは後ろに跳ぶと同時に、浄気の刃を一閃。
 浄気の塊が炸裂し、電算室内の全ての機器が吹き飛ぶ。
烏鷺咬蛇[ウロボロス]言祝[こと』は停止するが、L唖鈴楽[エルアレイラ]は止まらない。 
 彼女の瞳に意志はない……何も、しゃべらない。 
 ただ、初出超級幻我だけが、蒸気を吹くわずかな音のみをたてる。
 パジャマ姿のすわんは、正眼に剣を構えなおす。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]は微動だにせず、フェンシングの構え。
 ミキの部屋は、すでに破壊しつくされ、ほとんど廃墟。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]、動く。
 一気に間合いをつめて、連続して突きを放つ。
 秒間五撃の突きが、計二十回。
 虚動[フェイク]のまざった複雑な変化を見せる突きで、すべてをかわすのは不可能。
 それでもすわんは、最小限のダメージで受けきった。
 全身から紅の浄気を吹き、眼鏡が吹き飛ばされ、パジャマをボロボロにしながらも、闘志はいささかも衰えていない。
 そのまま距離をつめて、上段から一撃。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]はそれを、ギリギリ身をよじってかわす。
 背後の壁が吹きとぶ。
 ヘタに後退すれば、追加発生する浄気の刃に狙われるのを知っているのだ。
 ふりおろされた超級幻我が床にめりこむ。
 その隙をついて、初出超級幻我が横なぎに襲う。
 だが、すわんは剣を止めず、床をえぐると、高速で体を一回転させてL唖鈴楽[エルアレイラ]の剣撃にあわせる。
 一閃。
 弾かれたのは、L唖鈴楽[エルアレイラ]の剣。
 剣速にまさる、初出超級幻我ではあるが、剣圧では、超級幻我に分があるようだ。
 すわんはそのまま、右手で剣を引いて突き出すかわりに、左手を刀身に吸いつけて、左に払う。
 手刀の延長のごとき、不規則な剣撃。
 なにも、実際の刀剣の用法にとらわれる必要はないのだ。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]は、すわんが突きを放つと予測して反応したため、ちょうどその回避方向に刃が飛ぶ。
 対応しきれず、腹を斬り裂かれるL唖鈴楽[エルアレイラ]
 すわんと同じ、紅の浄気を吹く。
 浅い。
 すわんはもう一度、右手で柄を握り、しなるような斬撃。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]は、その一撃を剣で受け流す。
 距離をとる、二人。
 冷静にL唖鈴楽[エルアレイラ]を見すえる、すわん。
 
『な……なにコイツ、強い……今までのヤツとはケタ違いだよっ』
『なに、寝ぼけてやがンだっ!本気でオマエを倒そうってンだぜ……こんぐらいやるさっ!!』
『負けないよ……ゼッタイに!』
『なぁ、すわん……』
『なによ、ゲンガ?』
『せっかく、相手が同じ超級剣姫なんだ……オマエも相応に、相手してやったらどうだ?』
『……!?……おっけー、ゲンガ……ソレ、相応に……ねっ』
 
 唐突に、すわんは身をひるがえすと、吹きさらしになってしまったマンションの六階から跳躍した。
 烏鷺帆町の大地が、見る間に拡大する。
 落下の風圧で、ちぎれたパジャマが飛び散った瞬間、すわんは認識を変更し、超級剣姫、天燕玲[エレインディーン]の正装である超級白布を、着ていたことにした[ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ]
 軽やかに、マンションの駐車場に着地すると同時に、和服をモチーフとした純白の袖がひるがえる。
 上空からは、すわんを追うL唖鈴楽[エルアレイラ]が、高速で落下してくる。
 いいカモだ。
 そう思うが、すぐに考えなおして、ちょっと加減した蒸気の塊を投射する。
 一直線に伸びる、蒸気の柱。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]は無造作に剣をふり、蒸気の波動を発生させる。
 その反作用を利用して落下方向を変え、攻撃を回避しつつ、マンションの壁を蹴った。
 壁面を蹴り砕きながら、L唖鈴楽[エルアレイラ]は一気に加速して、すわんに迫る。
 すわんは、剣を上段にふりかざし、その一撃を迎え撃つ。
 
 マンションが両断され、崩壊する。
 
 轟音と土煙の中から飛び出す、二人の超級剣姫。
 ともに肩口から、浄気を吹いている。
 二人は何度か激しく斬り結びながら、烏鷺帆町を縦断。
 住宅街をぬけ、商店街を破壊しながら疾走する。
 JR根岸線、柏葉駅の構内に突入した二人は、改札を跳び超えて階段を踏み砕きながら、高い位置にあるホームに出た。
 終電まぎわのホーム上には、まばらに乗客がいたが、無論、二人を認識することはできない。
 すわんの横なぎの剣が、下りホームの屋根を吹き飛ばし、L唖鈴楽[エルアレイラ]の突きが線路に大穴を開ける。
 ちぎれた自動販売機から、跳び散る液体。
 打ちあわされる剣と剣の衝撃波で、飛散する窓ガラス。
 火花を散らして、吹き飛ぶ蛍光灯。
 表示がデタラメになる、電光掲示板。
 やがて、周囲は闇につつまれる。
 そんなことは、お構いなしに続けられる闘い。
 光学的な視界など、あろうとなかろうと関係なかった。
 すわんは横浜方面へ、線路を走る。
 同じ所で戦闘を続けると足場が崩れ、自由に動けなくなるおそれがあるのだ。
 柏葉駅をすぎると、すぐに山手トンネル。
 そこへちょうど、下りの大船行きがやってくる。
 上りの線路はあいているので、無視して進もうとした瞬間、足元に蒸気が投射された。
 とっさに跳躍したため、トンネルに入りそこなう、すわん。
 背後では、L唖鈴楽[エルアレイラ]の攻撃の余波を食らった下り電車が、もんどりうって高架から転落して行く。
 構わず、すわんはトンネルがある上の山を、一気に駆けのぼる。
 そのまま山手町を横断し、イタリア山庭園に突入して、移築された洋館をかすめて進む。
 一気に開けた視界の先に、みなとみらい21地区、横浜スタジアム、マリンタワー、ベイブリッジといった、横浜を代表する建造物が一望できた。
 すわんの足元、トンネルの中を、巨大な波動が疾走するのを感じる。
 眼下に伸びる線路のすぐ先に、石川町駅が見えていた。
 崖のようになっている急斜面を駆けおり、線路にもどろうとしているとき、トンネルを駆けぬけたL唖鈴楽[エルアレイラ]が飛び出して、すわんの前に立ちふさがる。
 かまわず突進する、すわん。
 右手には、かつて一緒に歩いた元町が見える。
「でえぇぇぇぇぇいぃっ!!」
 斜面でついた勢いを加算した、アッパースイング気味の一撃を受けたL唖鈴楽[エルアレイラ]は、衝撃を吸収しきれず吹き飛ぶ。
 そのまま放物線を描き、石川町駅の真上を直交して通る、高速神奈川3号狩場線の落下防止用フェンスを突き破り、道路上でバウンドしてから態勢を立てなおす。 
 すわんは石川町駅構内を突進し、直交する高速道路の手前で、道ごと両断しようと剣を構える。
 瞬間、右手上方からトラックが、猛スピードで落下。
 L唖鈴楽が、弾き飛ばしたのだ。
 すかさず前方にダッシュ。
 トラックは雨除けを突き破り、上りホームの壁面に激突して、炎上。
 その爆炎に気をとられた一瞬、頭上の高速道路が真一文字に裂け、道路が落下するよりも早くL唖鈴楽[エルアレイラ]が垂直突進し、鋭利な蒸気の刃が伸びる突きを五発打ちこむ。
 不利を悟ったすわんは剣を一閃、足元を斬り裂きながら、受けの態勢。
 一瞬にして駅のホームに、二メートル幅の溝が生じる。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]は、蒸気投射の反作用で落下速度を相殺し、空中に。
 すわんは宙に浮くかたちで身をよじると、三発を回避し二発を剣で受けて、蒸気投射の圧力に身をまかせて急速落下。
 柄を斜め上に突き上げ、蒸気投射を左に偏向させたすわんは、反動で斜め右後方に落下しながら剣を突き下ろし、蒸気を投射した反動で速度を殺してから、中村川に浮かぶ川船の一つに着地した。
 直後、分断された高速道路と石川町駅の破片が落下。
 
 土煙、爆音、水柱。
 
 すわんは、分断された石川町駅の断面を見上げる。
 その縁に立つ、L唖鈴楽[エルアレイラ]
 ジャンプして川に並走する道路に跳び移る、すわん。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]も自由落下して、道路に着地。
 再び激突を再開する、二人。
 道路わきの仮囲いを破り、石川町ジャンクションの中央にある、三角形の大きな空地を縦断。
 刃が打ちあわされ、蒸気が舞い、からみあいながら疾走する、二人。
 地下にもぐる高速道路をジャンプで超えて、その先の駐車場を破壊しながら突破し、中華街西口交差点にさしかかった。
 先行していたすわんは、派手な移動装飾[フリートマーキング]が施された観光バスを両断し、その間を抜ける。
 そのまま、白虎が守護する延平門[えんぺいもん]をくぐり、中華街に突入。
 分断され、吹き飛んだバスの破片が一瞬おくれて門を破壊する。
 その破片が落下するまえに通りぬける、L唖鈴楽[エルアレイラ]
 抜きつ抜かれつ、赤を基調とした西門通りの街並みを、死闘の余波で破壊しながら疾走すると、前方に五叉路。
 そのとき先行していたL唖鈴楽[エルアレイラ]は、善隣門[ぜんりんもん]のある右斜め前の道を選択し、中華街大通りへ入る。
 門をくぐった直後、すわんが右側から追い抜きざまに、蒸気の塊を叩きこむ。
 急制動をかけて攻撃をやりすごしたL唖鈴楽[エルアレイラ]は、わずかに態勢をくずして、後方に流れる。
 ふたたび先行する、すわん。
 深夜とはいえ中華街大通りは、人も車もけっこう多い。
 すわんが、前方の邪魔なタクシーを斬り飛ばした瞬間、L唖鈴楽[エルアレイラ]は蹴り足に力をこめて、一気に距離をつめ、そのまま一閃。
 タクシーを斬るモーションが終わった直後だったが、かろうじて攻撃を受ける、すわん。






 打ちあう刃の反動で、ふたたび距離を離す、L唖鈴楽[エルアレイラ]
 衝撃で、すわんはバランスを崩しながらも、三回ころがってから態勢を立てなおす。
 そのまま、歩道の縁石を蹴って、左上に跳躍。
 さらに、みやげもの屋のネオン看板を蹴り壊しつつ、右下へ跳躍。
 さらにもう一度、赤いペンキが塗られた電柱の根元を蹴って跳躍し、反転。
 疾走してくるL唖鈴楽[エルアレイラ]を、すれ違いざま叩き斬る。
 衝撃で吹き飛んだL唖鈴楽[エルアレイラ]は、高級そうな中華料理店のシャッターを派手にブチ破る。
 斬ったすわんも、パイプシャッターが閉じられたみやげもの屋に、頭から突っ込む。
 間をおかず、同時に二つの店から蒸気爆発。
 すわんはムリヤリ、L唖鈴楽[エルアレイラ]は平然と、紅の混じる白煙の中から姿を現わす。
 L唖鈴楽[エルアレイラ]の左胸から肘にかけてが、真横にばくりと裂けていた。
 千切れてはいないが、左腕は完全に死んでいる。
 すわんも左足のふとももを、大きくえぐられていた。
 回避不能とみたL唖鈴楽[エルアレイラ]が腕を犠牲にして、すわんの足を貫いたのだ。
 片腕のL唖鈴楽[エルアレイラ]と、足を引きずるすわん。
 それでも、しだいに移動速度を上げる、二人。
 
 三度、激突。
 
 疾走の斬撃を再開した二人は、中華街大通りのつきあたり、南門シルクロードと交わる角を左にまがり、青龍が守護する朝陽門[ちょうようもん]を走り抜け、そのまま山下公園へ入る。 
 横浜の海。
 奥に氷川丸、遠くにベイブリッジとつばさ橋、右手にマリンタワー、左手にみなとみらい21地区。
 水を守護する女神像の前で、対峙する二人。
 二人の体には、無数の斬撃が刻まれ、各所から紅い蒸気が吹き出していた。
 さすがのすわんも、体に全体に、じっとりと重みが増しているのがわかる。
 とくに、左足が鉛のようだ。
 対するL唖鈴楽[エルアレイラ]は右の耳が半分なく、胸が裂け左腕がだらりと垂れ下がっており、見るからに深刻なダメージを受けていたが、あいかわらず無表情のまま、フェンシングスタイルで剣を構えている。
 
『どうしよ、ゲンガ……勝負つかないよ!』
『勝てねぇほど強かねぇが、ラクにゃ勝てねぇ……コイツ、オマエを弱らせるためにいやがるな……』
『そんなぁ……だいぶ、力を奪われちゃったよっ』
『ちっ……しゃぁねぇ、すわん。手の内はさらしたかねぇが、奥の手つかって、一気にカタぁつけろっ!!』
『奥の手って……どの?』
『ナンでもいい!……好きなの使えっ!!』
『りょーかーいっ』
 
 すわんは、突進した。
 迎え撃つ、L唖鈴楽[エルアレイラ]
 L唖鈴楽[エルアレイラ]の心に宿る戦術演算用存在体[イグジスト]『Fabit Link Ver.8.20305946』は、すわんの動きが極めて単調であると評価した。深刻なダメージにより、戦闘能力の維持すら困難な現状とはいえ、この程度の攻撃ならさしたる脅威はないと判断。ギリギリで攻撃を回避した後、残存機能を総動員しての三連突きを側面から打ちこむ動作を選択する。
 だが、すわんが眼前にせまり、L唖鈴楽[エルアレイラ]が選択した回避動作を実行しようとする寸前、敵が未知の挙動を見せた。
 超級幻我の刃全体に、蒸気がわだかまっている。
 危険を感じ、攻撃を中止して左に大きく回避する、L唖鈴楽[エルアレイラ]
 しかし、すわんが前方を通過した瞬間、真横にいたはずのL唖鈴楽[エルアレイラ]へ衝撃が襲う。
 たいしたダメージはなかったが、圧力で二十メートルほど吹き飛ばされる。
 爆発音だけをのこして、すわんの反応が消失[ロスト]
 立ちあがりながら索敵を実行するが、探知範囲内にすわんを発見することはできない。
 近接戦闘能力の維持に全機能を傾けていたため、未知の行動に対する情報処理能力が極端に低下している。常に最高の能力を維持するために、使用頻度の低い能力をすべて切り捨てられるシステムが、裏目に出たのだ。
 爆発音の残響が、ビル群にこだまする。
 深夜の山下公園。
 アベック連れが、何組か。
 そして……すわんが消失した地点から蒸気の帯が、空へと消えている。
 貴重な数秒を無駄にしてから、正しい推論に成功。
 範囲を空に限定し、上方を索敵。
 探査面積を狭めることで、索敵距離を十倍に高める。
 赤い瞳とウサギの耳が、小刻みに動く。
 全天の七十パーセントを探査した時点で、発見。
 背中に翼を生やしたすわんが、空中から高速接近中。
 大黒埠頭を左手に、みなとみらい21側から進入し、超低空で山下公園を縦断しながら赤い靴をはいた女の子像をかすめて飛ぶ、すわん。
 その姿を、L唖鈴楽[エルアレイラ]が探知し認識した次の瞬間には、回避することも、迎撃することもできない距離に迫られている。今度は索敵に集中していたことが、裏目にでた。
 アウトレンジから飛来する、一撃離脱攻撃。
 結果、敗北。
 そう、結論したL唖鈴楽[エルアレイラ]は初出超級幻我を手放し、全ての能力をデータ収集にあてる。
 蒸気の翼について、検索。
 使用能力に、該当項目あり。
 剣から発生した蒸気が背中で翼を形成し、飛行能力を得る浄気噴進翼[プラズムジェットウイング]
 猫君主R[キティロードアール]が鯖斗の精神から得た情報では、アイデア段階の能力だったが、一週間で実用化にこぎつけたようだ。
 出力、最高速度、上昇力、旋回性能。
 寂滅の掛け声と共に粉砕される一瞬の間に、解析された最後の情報が、決闘記録器[デュエルレコーダー]へ転送される。
 手放した初出超級幻我が地面に落下するまえに、決着がつく。
 浄気の噴流をともなう、ひねりを加えた一撃で、L唖鈴楽[エルアレイラ]の体は半径二百メートル四方に飛散。
 
 無論、すべてはなかったことになる。
 
十四

 
 すべての破壊をキャンセルする力、因果律修正力によって、すべての破壊をなかったことにしても、失われるものはある。
 破壊された街が元にもどり、ミキの肉体が復活し、すわんの傷も消滅したが、超級幻我に宿る力の総量は、確実に減少していた。
 すべて、敵の思惑通り。
 
 初出超級剣姫の衣装のまま、ウサギ耳だけ消滅したミキが、ベンチに横たわる。
 剣だけが、いずこかへ消滅。
 すわんはベンチの前で、ハマの夜風に身をまかせている。
 手には超級幻我。
 黒髪と純白の衣が、微風にたなびく。
 眼前に広がる、横浜の海。
 
 そこへ、ひょこりと、ねこ耳を生やしたまひるが現れる。
 力の波動は、彼女が実体のない分身、猫君主M[キティロードエム]であることを示していた。
 ミキを心配そうにのぞきこむ、まひる。
『ちはるお姉ちゃん……大丈夫みたいだね』
「ええ……もう元通りよ」
 後ろをふり返らずに答える、すわん。
『ゴメンなさい、お姉ちゃん……ちはるお姉ちゃんを……』
「もーいーよっ、そんなことは……わたしを倒すのに、おミキをぶつけるってのは当然よね……こんな強い敵、はじめて……」
『あの……』
「さっきさ、須磨先輩……久理数P[クリスピー]、だっけ……が、おミキはずっと監視されてたって、いってたけど……ホント?」
『……うん……そだよ……ずっと、猫君主M[まひる]がみてた』
「じゃ……なんでおミキが、水無原さんにフラれたかとか、みんな知ってるんだよね?」
『……知ってる』
「まひるは、どう思う?おミキの考えかた……もし、からすがおミキみたいな考えかたしてて、まひるにオレと対等に生きろって言ったら、どうする?」
『……そーゆームズかしいコト、まひるにはわかんないよ……』
「そだね……わたしもよく、わかんない……でも、おミキが一生懸命ガンバって生きてるコト、生きようとしてコトは、わかるよ……まひる、聞いていい?」
『……なぁに?』
「おミキが、水無原さんにフラれるのは、まひるの予定だったの?まひるが精神を調節して……」
『ちがう!ちがうよっ!!……猫君主[まひる]はなにもしてない……ただ、見てただけ……必要なのはカラダだけ……ココロは必要ないもんっ』
「じゃ、ボロキレみたくなったおミキを、黙ってみてたんだ……」
『そーだよっ!!……他にどーしろってゆーの!?……それとも、ちはるお姉ちゃんの考えかたが受け入れられるよーに、水無原さんを調節すればよかったの?……そんなの、カンタンだよっ』
 涙声で叫ぶ、まひる。
 すわんは、落ちついた声でこたえる。
「ううん、ちがう……そーじゃなくて……まひるはエライなぁって、思ってさ……ナンでもできるのに、ナンにもしないって、逆に疲れない?……ま、いっけど……ふぅ……あ〜よかったっ」
『!?……な、なにが?』
 
 そこではじめて、すわんはまひるを見る。
 静かな瞳。
 
「まひるが、さ……もし、水無原さんの精神を調節してたりしたら……」
 周囲に、風が渦巻く。
「もし、水無原さんがおミキを拒絶したのが、まひるのせいだとしたら……」
 刃から生じた、白い蒸気が螺旋[らせん]を描き、虚空に消える。
「わたし、絶対に……許せなかったと思う。たとえ、この世界を破壊しても……絶対に……ね」
 一瞬の強風をまきおこしたのち、風は、ぱたりとやむ。
 
 すわんの言葉が本気であることを、まひるは知っている。
 生まれてはじめて、姉がコワイと思った。
 
 直後、超級幻我がうなり、まひるを斬り裂く。
 霧散する、猫君主M[キティロードエム]
 存在体[イグジスト]の幻を破壊することはできなくても、存在定義を吹き飛ばすことぐらいはできる。
 彼女は平然と、言う。
「……次はどこで闘えばいいの?教えてよ、猫君主[キティロード]……」
 
 まひるの意識は、みずからを猫君主R[キティロードアール]と名乗り、次の対決の場所を指定した。
 
十五

 
 数分後、谷々邸。
 爆音を聞き、庭へ飛び出した鯖斗の前に、二人の超級剣姫がおり立つ。
 舞台衣装に身をつつみ、背中に蒸気の翼を生やしたままのすわんが、初出超級剣姫の衣装に身をつつんだミキを抱えている。
 意識を失ったままのミキを鯖斗にたくし、そのまま行こうとする。
「待ってくれ、すわん!……一体、どうなったんだ?……彼女は……」
 
 鯖斗の問いかけに、すわんは現状を簡単に説明する。
 
「そうか……紅蒸気が無意味だとすると、次は……」
「わかってる……覚悟してるよ」
「なら、何もいうことはないな……」
 すわんは、ミキを抱きかかえる鯖斗の顔を、じっと見る。
 あの変態美形の弟なのだから、顔立ちが悪かろうハズがない。
 性格だって、わりかしマトモだ。
 いや、これだけ異常な状況で、まともに対応できるのは、やっぱヘンか?
「どうした?」
「ん……ナンでもない……鯖斗、おミキのことヨロシクね」
 そういいながら、今までとはチョットちがう視点で鯖斗を意識する、すわん。
 そーゆーのも、アリ……かな?と思う。
「ああ、すわんも気をつけてな……」
 静かな笑顔の、鯖斗。
 すこし、ココロがあったかくなる。
「んじゃ、行ってくんね」
 
 現在世界の未来をかけて、すわんは夜空へ離床する。
 
十六

 
 ミキは目覚めた。
「んじゃ、行ってくんね……」
 朦朧[もうろう]とする意識の片隅で、すわんは誰かと話している。
 
 爆音。
 
 やがて、静寂。
 しばらく地面が揺れてから、柔らかい場所に横たわる自分を認識した。
 ベットのようだ。
 わずかに首をもちあげて、自分の体をながめる。
 奇妙な服を着ている、自分。
 見慣れぬ部屋。
 夢……だろうか?
 
 誰かが部屋へ、入ってくる。
 あわてて、眠ったフリ。
 人影がミキの前で止まり、様子をうかがっている。
 額に、ひんやりした感触。
 薄目をあけて見ると、濡れたタオルをミキの額にのせている……谷々鯖斗。
「……鯖斗君?」
 かすれた声しか出ない。
「気づいたか?」
「いったい……どうなってるの?……すわは?」
「しばらくしたら、戻ってくる。それまで、静かにしていてくれ……」
 
 鯖斗はベットの脇に腰かけて、祈るような仕草で窓の外を見つめている。
 ミキの位置からも闇に浮かぶ、みなとみらい21の象徴である、ランドマークタワーの頂上が見えた。
「すわは……あそこにいるの?」
 鯖斗は、ミキの視線を追ってからいう。
「……ああ、そうだ」
「あそこで……まひるちゃんと……」
 ごとりと音がして、鯖斗が立ちあがる。
「何か、知ってるのか?……それとも、覚えているのか?」
 ミキは、弱い笑みをうかべる。
「ううん、何も……すわが全部、話してくれるっていってくれたところまでは、覚えてるんだけど、それから先、どうなったんだろ?」
「……そうか、ならいい……」
 ふたたび、着席。
 なにが、『いい』のか?
 ま……いっけどね。
 
「ねえ……鯖斗君。はじめて話したときのこと……覚えてる?」
 唐突に、ミキは聞いた。
 鯖斗はしばらく、返事できない。
「……え……あ、いや、どうたったかな……」
「べつに、鯖斗君がソワソワしたって、結果は変わらないんじゃない?……なんだか知らないケド」
「……いや、そうなんだが……たしかに、そうだな……」
「あの時わたし、演劇部の練習をを見学してて、鯖斗君を紹介されて……あの樺良先輩の弟って聞いた時はビックリしたけどね……それからすわの剣……超級幻我だっけ?……を持たせてもらって……したら、鯖斗君にどうだ?って聞かれた……だからわたし、すごいねって答えたの……」
「ああ……そうだったな」
「思い出した?……わたし、スゴイってほめたはずなのに鯖斗君、すっごくつまらなそうな顔してた……」
「……」
「なんで?……あの時は、ちょっと悲しかったな……一体、何が気に入らなかったの?」
「いや……べつに……気にさわったのなら……」
 ミキはただ、鯖斗を見つめている。
 ちょっと、潤んだ瞳。
 鯖斗は言葉を切り、しばらく沈黙してから……言う。
「……俺は、いつも……自分の造った物が気に食わない……いつでも、もっといい物が造れるんじゃないかと考えてる……恐いのさ……今の自分に、満足してしまうことが……たしかに素人目には、凄いのかもしれない……ハンパな物は、造ってないつもりだ……でも俺は、自分の作品が完璧じゃないコトも知っている……全部が全部、気に入るなんて、コトはない……いつもどこかで妥協して、そこそこ見栄えがするように造ってるだけだ……満足できない……満足、したくないのさ……俺は、もっと凄い物、完璧な物が造れるはずなんだ……そう、信じてる……信じたい……だから安易なホメ言葉を聞くと、逆に不安になる……いっそ、こんなのダメだって言われたほうがマシだ……ダメってのは、まだ進歩する余地があるってことだからな……気にさわったのなら、あやまる……すまなかった……」
 鯖斗の独白に、ミキはちょっとおどろいた。
 それから、笑う。
「すわには、自分のことダメだっていうのはよくないって言ったのに、本音はソレなんだ……そうだよね……わたしも、不安なコトばっかり……それでも、進まなくちゃなんないよね……生きてる限り。
 自分に自信がもてないの?……だったら、かわりに言ったげる……鯖斗君はすごい……もっと、自信もっていいよ……わたしが保証するっ!……だから言って……わたしは、わたしでいてイイって……」
「千春御……さん?」
「鯖斗君は、なにげなく言ってるけど……千春御さんって、さんづけで呼ばれるの……すっごくイヤだった……すわのことは呼び捨てなのに何で?って……」
「!?……」
 それからミキは、ベットから身をおこし、きらめくような微笑をたたえて言う。
 
「鯖斗君……
 
 わたしを、守ってくれなくて、イイ……
 
 でも、やさしくして。
 
 わたしの人生は、わたしが決める……
 
 でも、ずっと隣にいて欲しいの。
 
 鯖斗……あなたが好き……」
 
 その告白は、どこか[うつろ]で……いるはずのない人間にむけて、夢の中で語りかけるようだった。






 鯖斗はじっと、ミキのことを見た。
 それから、いう。
「千春御さん……いや……千春御……俺は……造形にしか能のない人間だ……好きな奴は大切にしたい……守ってやりたい……でも俺は、俺がやりたいことのために、他の、大切なものを犠牲にしてしまうかもしれない……だから最低限、自分で取れる責任を負担してくれる人間は好ましく思う……けど」
「ちょっと待って!!……鯖斗君は、わたしの考えを受け入れてくれるの?つき合ってくれる、くれない、とかじゃなくて、わたしみたいな考えの女のコを、恋愛の対象にしてくれるの?」
 ミキは、声を荒げて言う。
 交際イエス、ノーよりも、まずそれが肝心だった。
 鯖斗も、こんどは落ち着いて答える。
「ああ、かまわない……というより、俺にはその方が都合がいいな……男に生れたというだけの理由で、いちいち女の面倒を見なければならないのは正直、苦痛だ……俺に限らず、そう思ってる奴は結構、いるんじゃないか?
 少なくとも俺は……やりたいことは違っても、気持ちの上で、俺と対等に生きていたいと思ってる奴と、一緒にいられるなら……それが、最高だ」
 
「ああぁ……」
 
 思わずミキは、声を上げた。
 艶っぽい女の声に、鯖斗はぎょっとしている。
 ミキは思う。
 それは、女性を喜ばせるための言葉ではない……
 誰もが納得できる、理屈でもない……
 でも、それが偽りのない、鯖斗の気持[キモチ]なのだ……
 そういってくれる男性が、ミキは欲しかった……
 望む人が、こんなにも近くにいる……
 理由より先に、気持[キモチ]が先に、最高の相手を見つけていたとは……
 そんなコトも、あるんだな……
 運命の赤い糸、愛の奇跡……ま、なんでもいっか……
 わたしは、わたしでいて、イイんだね……鯖斗っ。
 
「いや、ただな千春御……」
 鯖斗はまだ、なにかいいたそうにしている。
 それに気づいたミキは、にっこり微笑む。
「わかってる……わかっちゃうんだなぁ、ワタシ……鯖斗君、すわのことが好きなんでしょ?」
 赤面する鯖斗という、なかなかにレアな表情を堪能しつつ、ミキは言葉を続ける。
「……でも、今おこってるコトのせいで、うかつに告白できない……山際のコト見てりゃ、色恋がからむと、すわがまるっきり役に立たないのは、ハッキリしてるものね……だから、お願い……問題が解決して、すこし落ち着いてから、鯖斗君がすわに告白して、そんでもしダメだったら……その時、わたしの告白に返事してくれる?すわがOKしたら、返事しなくていいよ……それまで保留ってコトで、どうかな?」
 鯖斗は、まじまじとミキを見る。
「ああ、わかった……考えておく」
「よろしくね……じゃ、わたし寝る……くわしい説明は、すわが帰ってきたえから聞くよ」
 そういってミキは、ぱたりとベットに横たわる。
 落ちていた塗れタオルを額にもどし、目を閉じる。
 ひんやりが、気持ちイイ。
 
 あーあ、言っちゃった。
 告白しちゃったよ、わたし……これで、すわんとは恋のライバルって感じ?
 本気のすわんは、手強いよ……敵にするのはチョット恐いな。
 あのコに勝つには、オリンピックで世界新でも出すしかない?
 あははっ……でもま、すこしは鯖斗に、イイ女が演じられたんじゃないかな?
 内心、ハイになりながらも彼女は理解していた……もし鯖斗の想いが、すわんに通じたら……もし鯖斗が、ミキの想いを拒絶したら……きっとまた、あの引き裂かれる想いがやってくる、と。
 ひょっとしたら、今度は耐えきれず、取り返しのつかないコトをしてしまうかもしれない、と。
 そうなるかもしれない……でもイイのだ……その時はその時……他人に迷惑かけないように、こっそり血の涙をながすしかない。
 泣きごとを言ったからといって、鯖斗がふりむいてくれるハズもないのだから、せいぜい道理のわかる、イイ女のフリをするだけだ。
 でも、これだけは間違いない。
 鯖斗はすわんが好きで、ミキは鯖斗が好きなのだ。
 男とか、女とかじゃない。
 人が、人を好きになったら、好きになった人が、好きな人に告白すればいいのだ……相手が誰だろうと、どんな結果になろうとも、それは当人が責任をとればいいことだ……幸福になろうと、絶望しようと。
 それが恐いのなら、恋などしなければいい……それもまた、人生の選択というものだ。
 結婚して家庭を築き、子供を育てる……男は女を守り、会社で仕事。女は男に依存し、家で家事、育児。子供は大人を軽蔑し、学校で受験勉強……それが悪いわけじゃない……でも、そうしなければいけないワケでもない。
 やりたいように、やればいい。
 結果と責任は、おのずとついてくるのだから……
 
 ひょっとして、この会話は夢なんじゃないかと、ミキは思っている。
 もしそうなら、もう少しラブラブな夢が見たかったな。
 でも、次に目がさめて、さっきの会話が夢だとわかっても、ガッカリすることはない。
 もう一度、告白すればイイ。
 夢なら……何度でも目覚めればイイのだ。
 夢が……現実に重なるまで……何度でも、ね。
 
 一つの恋が終わり、また新たな恋の扉が叩かれた。
 なにかが始まったワケではない……
 なにか、結果がでだワケでもない……
 ただ、スタートラインに立っただけ。
 そんなことは、わかってる……
 でも今日は、勇気を出して、告白できた自分をホメてあげよう。
 自分を認めてくれる相手が見つかったことで、満足しちゃう。
 明日も生きていけることに、感謝するよ。
 それでいい……それで、イイんじゃないかな?
 
 やがて、静かな寝息をたてはじめたミキを、鯖斗は静かに見守っている。
 
十七

 
 横浜市西区みなとみらい二ー二ー一。
 JR根岸線桜木町駅を下車し、見えるそのビルを目指すと、常に視界を占めるその建造物になかなかたどりつけないことに驚く。
 横浜ランドマークタワー。
 メインとなるタワー棟は、全高二百九十六メートル。
 地上七十階、地下三階、塔屋三階。
 常識的な、高いビルという概念をさらに超える巨大さのため、距離感がつかめないのだ。
 
 すわんは、そのふもとにある、旧横浜船渠第2号ドックを再構築した、ドックヤードガーデンの、復元された船扉の前に立つ。
 船を型抜きしたような形状のくぼみの船尾にあたる、一段高くなった場所に立つすわんの前には、切り立つ石壁の谷間に伸びる広場と、その先に圧倒的な存在感をもってそびえる、ランドマークタワーがある。
 手には巨大な剣、超級幻我。
 衣は純白の、超級白布。
 だが、すわんが剣をかるく一振りすると、白い蒸気がたちこめる。
 白煙が晴れるとそこには、眼鏡をかけ烏鷺帆中学の制服を着た、いつもの彼女が立っていた。






 オレンジ色の橋の上で、はじめて超級幻我を振るってから、この姿で闘った回数が一番多い。
 超級剣姫、王鳥すわんの戦装束[いくさしょうぞく]としては、なんとなく、こちらのほうがふさわしい気がした。
 かるく眼鏡のズレをなおしてから、彼女は石段をおりて、ドックヤードガーデンを進む。
 両側に積まれた、くすんだ色の石は、急な階段を形成して地上に続く。
 頭上にかかる陸橋をこえて進むと、広場の一番奥、船のへさきにあたる場所にある小さな滝の前に、一人の少年が立つ。
 山際からす。
「よぉ、すわんじゃねぇか」
 場違いな陽気さを見せる、からす。
 超級幻我に据えられた、三ツ目のメーターの一つである陰陽計の針は、彼がただの人間であることを示している。 彼の体内には紅浄気の波動。
 なにも、異常はない。
 それが、異常だった。
 すわんは敵を斬るつもりで、からすを両断する。
 背後の滝が一瞬、二つに割れてから、元にもどった。
 笑顔をはりつかせたまま、二つにわかれ、崩れ落ちるからす。
 浄気が晴れて、認識が切り替わると、そこに倒れているのは、からすではない。
 狩人名[ハンターコール]都院B[トインビー]こと時央紀之……オレンジ色の橋の上で闘った、すわんの最初の敵である。
「どういう……こと?」
 そのつぶやきに答える声は、さきほどすわんが立っていた船扉の前に立つ人影から。
 巨大な冷気が発生。
 陰陽計の針が、跳ね上がる。
『そいつぁオレと、体を交換してたのさ……いままでオレの姿をしてたのは、オレの存在体[イグジスト]が宿った都院B[トインビー]の体……オマエが最初に倒した都院B[トインビー]は、ヤツの存在体[イグジスト]が宿ったオレの体、だったのさ……なんてこたぁない、猫君主[まひる]は最初から、オレや千春御を仲間にされないよう、オマエがナニかしてくるのを見越してたのさ……紅浄気ってのは、正常な状態を不正にさせないためのモノだろう?……ハナから不正な状態だったんだ……そんなモン、なんの意味もないさ……おかげでオレは、デートって名前の戦闘訓練の時だけ体を交換して、ずっと、オマエを倒すための訓練をしてきたってワケさ……笑わせるぜ』
 人間の形をしたシルエットが、大きく横に広がる。
 そのまま前方にダッシュした人影が、空中を滑空してすわんの前に着地した。
 その少年……山際からすの、異様に隆起した背中には、人間の腕とは別に、カラスの翼が一対、生えていた。
『オレの名は至恩S[シオンズ]狩人名[ハンターコール]斬奸至恩SSS[ザンカンシオンエススリー]だ……ご大層な名前だろ?』
 そういう至恩S[シオンズ]の手には、黒塗りの鞘に収められた、初出超級幻我。
 最強の《猫と狩人》に、すわんと同等の剣。
 わざと負けるつもりは、毛頭ないようだ。
 
 上等っ。
 至恩S[シオンズ]は鞘に収まったままの剣を、L唖鈴楽[エルアレイラ]ゆずりのフェンシングスタイルで構える。
『やろうぜぇ……』
 そういった途端、蒸気の圧力で鞘が飛ぶ。
 顔面を狙った一撃を、すわんはわずかな動きでかわし、超音速の左手がそれをつかむ。
 手が焼けるのもかまわず、それを背後の滝に投げ捨てる。
 高温に触れた滝の水は、水蒸気爆発を起こし、水柱を上げた。
 湯気にけむる中、舞い上がった水が雨となって降る。
 二つの超級幻我が水滴にふれ、蒸発の音を出す。
 すわんは両手で剣をにぎると、最後の超級唱歌を、文語で想い、口語で唱える。
 いわく……


超級幻我[テウキフゲンガ]幻我[ゲンガ][ケン]
 
 幻我[ゲンガ][スナハ][オノレ]ナリ
 
 [オノ]御霊[ミタマ][ヤイバ][テラ]
 
 覇力翔破[ハリキショウハ]幻我[ゲンガ0][サエ]
 
 [][]超級剣姫[テウキフケンキ]ナリ』


  「超級幻我[ちょうきゅうげんが]幻我[ゲンガ]の剣
 
   幻我[ゲンガ]はすなわち、おのれなり
 
   おのが御霊[みたま][やいば]に照らし
 
   覇力翔破[はりきしょうは]幻我[ゲンガ]が冴える
 
   その名も超級剣姫[ちょうきゅうけんき]なり」


 瞬間、超級幻我から莫大な蒸気が噴出し、メーターの針が跳ね上がる。
 特に、圧力計の針の勢いはすさまじく、一瞬で振り切れたかと思うと、すぐさまゼロにもどり、また振り切れるという動作を、しだいに速度を落としながら計四回、くりかえした。
 五回目になって、ようやく針は、メーターの三分の一の場所で静止する。
 初期状態から比較して、極限状態まで高まったすわんの能力を示すため、メーターの出力レンジを切り替えているのだ。一時期、すわんの出力の高まりが鯖斗の予想を超えてしまい、針が振り切れたままになってしまうというトラブルがあったため、以来、出力レンジが切り替わるものに交換している。
 いや、べつにそんなものは必要ないのだが、そこはそれ、鯖斗のコダワリという奴なのだ。
 すわんは、鯖斗のそういうところが好きである。
 体中に浄気の力が満ちると、いつものように、突き上げるような感覚が襲う。
 鯖斗にも話したことはないが、この瞬間はかなりキモチイイ。
 はじめのころは、女のコ的に、男子には話せない状況になってしまい、かなり困ったモノである。
 まあ、慣れてしまえばどーというコトはないのだが。
 
 対する至恩S[シオンズ]は、気楽な笑みを浮かべたまま、剣を構えている。
 気に食わない。
 二、三合打ち合って様子を見ようかとも思ったが、やめた。
 刃に意識を集中する。
 巨大な刃全体が、蒸気に白く染まった。
 生じた蒸気は、すわんの両腕をつたい背中に流れる。
 そこで、気体であるはずの蒸気が固体化し、単葉の翼を形成した。
 翼を形成する固体の蒸気は流動し、翼後縁でふたたび気体化して推進力となる。
 蒸気を供給することで、翼面構造と推力を兼用するという、現実には存在しない推進システム、浄気噴進翼[プラズムジェットウイング]
 鯖斗が考案した、切り札の一つである。
 無機的な純白の翼をもつ、すわんと、有機的な漆黒の翼をもつ、至恩S[シオンズ]
 有翼の二人が、広場で対峙する。
「そのような、貧弱な翼で、この私と勝負するつもり?」
 高圧的な口調でいう、すわん。
 ふたたび、お嬢言葉にもどっている。
 彼女は意識を集中し、出力を高めた。
 爆音。
 一トンを超える推力を発生させる浄気噴進翼[プラズムジェットウイング]は、滑走なしで楽々とすわんの体を上昇させる。
 爆発的な蒸気の噴流を残し、ランドマークタワーの壁面ギリギリを、垂直に昇った。
 衝撃で、窓ガラスが破砕し、ドックヤードガーデンに降りそそぐ。
 すわんはそのまま、三百メートルを一気に上昇し、屋上の縁に着地する。
 蒸気の翼は、消滅。
 ガラスの破片の落下が終わるころを見はからって、認識を中断する。
 破壊された窓ガラスは、破壊されなかったという事実におきかわった。
 あれしきのことで倒せるとは思わないが、ダメージは与えたのではないか?
 そう思って下をのぞくと、ゆっくりと、至恩S[シオンズ]が上昇してくるのが見える。
 爆風で発生した上昇気流を利用して、昇って来たらしい。
 ご苦労さま。
 ためらわず、すわんは蒸気を投射する。
 威力を抑え、数を撃つ。
 墜落させれば、勝手にダメージを受けるだろう。
 だが、五十発の蒸気の塊が到達する寸前、至恩S[シオンズ]は横に、高速で移動した。
 白い蒸気の筋が見える。
 初出超級幻我の蒸気投射を、推進力にしたようだ。
 だが、弱い。
 剣の噴射を利用することは可能のようだが、性能はこちらのほうが上。
 しょせん、半憑依させた存在体[イグジスト]の出力がケタ違いなのだ。
 単純な力くらべなら、すわんの方が圧倒敵に有利である。
 まあ、ちょっとは遊んでやるか。
 投射した蒸気の塊が地面に着弾し、その爆発音がすわんの耳にとどくころ、至恩S[シオンズ]はやっと、すわんの立つ屋上に到達した。
 フィーレンディール構造を採用したこのビルは、自重を四隅の柱で支えている。
 二人は、外周の四つの柱に支えられた、センターコア中央部にあるヘリポートで対峙した。
 快晴の夜空、オリオン座を背に立つ至恩S[シオンズ]は、不敵な笑みを崩さない。
 二人は超級幻我を構え、激突。
 まったく、ナンてことはない、一撃。
 この半年、無数に交わされた刃と同じ、一撃のはずだった。
 いつものように打ちこみ、いつものように受ける。
 
 受けた、はずだった。
 
 重くもなく、[はや]くもないその一撃は、構えたすわんの剣を、すりぬけた[ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ]
 いや、単距離を空間転移したのかもしれない。
 肩口から、バッサリと斜めに斬り裂かれる。
 傷口から[くれない]の蒸気が、ものすごい勢いで噴出する。
 剣をひねり、傷をえぐる、至恩S[シオンズ]
 そのまま、すわんを蹴り飛ばし、背中まで貫通した刃を抜く。
 紅煙[こうえん]を引きながら、ヘリポートの縁まで転がる、すわん。
 倒れてもなお、紅の蒸気を吹き散らす。
 普通の人間なら、即死している。
 それでも、超級幻我は手放さない。
 意識を、剣に集中する。
 傷をキャンセルすれば、かなりの力を消耗することになるが、動けないよりはマシ。
 至恩S[シオンズ]が、迫る。
 浄気の力が一定以上高まったところで、傷がなかったことになる。
『……急げ』
 ゲンガの声を遠くに聞きながら、なかば本能的に立ち上がる、すわん。
 傷はふさがったが、体はまだ重い。
 すわんは無理矢理、[あか]の混じる蒸気を噴出させて煙幕とする。
 なんとしても、態勢を立てなおす時間が欲しかった。
 しかし、無情にもビルの屋上に吹く風が、たちまち蒸気を吹き散らす。
 至恩S[シオンズ]は、間近にいる。
 剣が受けられられないとなれば、回避するしかない。
 いや、回避するより攻撃すべきだ。
 最大の防御を実行する、すわん。
 前方にダッシュし、力任せに剣を振る。
 すわんの剣が、至恩S[シオンズ]に到達した時、敵はその手前、二メートルの場所に。
 また、転移。
 わずかな距離だが、すわんの勘を狂わせるには十分である。
 蒸気の刃で、リーチをのばす余裕はなかった。
 一気に間合いをつめる、至恩S[シオンズ]
 受けのモーションに入ってから、それが無駄であることを思い出したすわんは、剣を横に構えたまま後方に跳ぶ。
 一撃を受けることになっても、これなら知命傷は避けられる。
 だが、至恩S[シオンズ]の意図は別にあった。
 振りおろされた初出超級幻我は、超級幻我と打ち合う寸前、不意にすわんから見て右、五十センチ横に位置を変える。
 一瞬先の未来を予測することで、攻撃がくるのを予測しても、対処法がわからなければどうにもならない。
 そのまま至恩S[シオンズ]の剣は、すわんの剣の根元、ラベンダー色の柄頭を斬り砕いた。
 
 瞬間、圧力計の針がガクンと下がり、すわんの体に満ちた浄気の力が、急激に弱まりはじめる。
 
『え?……な、何が起こったの!?』
 肉体の自由はかなり回復しているはずなのに、力が出ない。
 いままで無限に湧いていたはずの浄気が、こない。
 ヘリポートの縁で、なんとか剣を構え直すが、体がフラつく。
『ねぇ、ゲンガ!……どーなっちゃったの?』
 心のなかで問いかける、すわん。
 だが、返事はない。
『ねぇー、聞いてる?』
 やはり、無言。
 こんなことは、今まで一度もなかった。
「ゲンガ!……返事してよぉ!!」
 声に出しても、返事はない。
「お願い、答えてよぉ……」
 すわんの叫びは、空しく闇に消えていく。
 そこへ、至恩S[シオンズ]が次第に速度を増しながら、歩みよる。
『オマエの負けだ、すわん……理由は、後で教えてやるぜ』
 無駄口は最小限に、至恩S[シオンズ]は心臓めがけて、剣を突くモーション。
 まるでゲンガが実体を持って、すわんを倒そうと迫ってくるようだ。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 パニックに陥ったすわんは、無我夢中で剣を振る。
 わずかに、メーターの針が上昇する。
 でたらめな一撃は、蒸気の塊を形成し、至恩S[シオンズ]の上を通過。
 
『なんだぁ?』
 
 至恩S[シオンズ]の、あきれれ声。
 すわんが後方に、ぴゅうぅぅ〜っと飛んで行く。
 蒸気投射の反作用を、消し忘れたためだ。
 いくら、都合よく物理法則を無視できるからといって、無視すること自体を忘れてはどうしようもない。
 三百メートル上空から放り出される、すわん。
 何がナンだかわからないが、ともかく至恩S[シオンズ]から逃れることができた。
『ど、どど、どーしよ、負けちゃうよ、わたし……ってゆーか、このママだと墜落……しちゃう?……っきゃあぁぁ
  ぁ!!』
 自分が自由落下中であることに気づいたすわんは、あわてて蒸気の翼を形成する。
 なんだかんだで、さっきも蒸気の塊を撃てたのだ。
 三ツ目のメーターも低出力ながら、安定している。
 力そのものが、なくなったわけではない。
 どうにか、飛行できるだけの密度をもつ翼は形成できた。
 降下速度は徐々に低下し、やがて水平飛行に移行。
 横浜の夜空。
 右手に移築中の大観覧車
 左手にクイーンズスクエアの三連ビル。
 前方にパシフィコ横浜と、半月状のシルエットを持つインターコンチネンタルホテル。
 すわんはパシフィコ横浜へ続く道路の上空を、かなりの低空で滑空している。
『一体、ナニがどーなったの?』
>答えてくれるはずのゲンガが沈黙しているため、すわんは自分で原因を考えなければならない。
『えーと、まずバッサリ斬られて、ちょっとアセってたら……そうだ、剣のはしっこを割られて……あ、そうかっ!』
 そこでやっと、気づく。
 たしか、超級剣姫の設定では、超級幻我の柄頭にはめられたラベンダー色の瓶は、仙境より浄気の源である御水[みず]を召喚するためのモノだったはずだ。コレが破壊されれば、浄気のもとが得られないのだから、力が出なくて当然である。いま使っている蒸気の力は、すわん自身の体に宿る浄気を変換しているのだろう。いずれはなくなるだろうが、すわん的にはまだ余裕がある。
 よくよく考えれば、ずいぶんとあからさまな弱点をさらけ出して、闘っていたものだ。
 まったく気にしてなかったのだから、今までだって狙えたはずである。
 ちょっとやそっとでは破壊できないだろうが、方法はいくらでもあったはずだ。
 特に、L唖鈴楽[エルアレイラ]などに柄頭を破壊されていたら、はたして勝てただろうか?
 どう考えても、今日この瞬間のために、あえて狙わなかったとしか思えない。
 またまたまた、また──何回目かは、忘れた──まひるに、してやられたようだ。
 コレから、どーしよう?
 そう思っていると、背後から殺気。
 当然ながら、至恩S[シオンズ]の追撃。
『きゃーっ、ちょっとまってよぉ!!』
 といっても、無駄なこと。
 すわんは、蒸気の翼を消去すると、十メートルを落下して、道路に着地する。
 頭上を、蒸気の塊が飛んでいく。
 右手に小さな遊園地。
 車が行き交う夜の道を、すわんは走る。
 やはり、力そのものはなくなっていない。
 後方の空を、至恩S[シオンズ]は飛ぶ。
 すわんはパシフィコ横浜までの道を一気に駆けぬけると、会議センターの階段状になったフロアを、次々とジャンプでのぼって行く。
 上空から、間断なく投射される蒸気の塊。
 それを、勘と経験で回避しながら、会議センターの屋上を走る。
 ふたたびジャンプして、インターコンチネンタルホテルの壁面に着地。
 帆をイメージしたという、半月状のスロープを描く壁面を、一気に駆け上がる。
 足先に、摩擦と重力の感触。
 壁だろうがナンだろうが、立てる思えば、どこにでも立てるのだ。
 真上から見るとV字になっている壁面は、上に行くほどゆるやかな坂となる。
 やがて壁は一つとなり、V字の頂点、つまりビルの頂上でほぼ平坦となった。
 ランドマークタワーほどではないが、かなり高い。
 そこで態勢を整える、すわん。
 左手にクイーンズスクエアの三連ビルとランドマークタワー、それと、日本丸。
 前方にパシフィコ横浜と、広大な空き地。
 右手に海。
 至恩S[シオンズ]がゆっくりと、半月状の壁面を歩いてくる。
『どーやら、気づいちまったみてぇーだな』
 すわんはしっかりと、剣を構える。
「まだ、負けたわけではありませんわ……力を、失ったわけではないもの」
『けど、ジリ貧だぜ……いつまで、力が持つかねぇ?』
「いいえ……これでやっと、対等ってところではないかしら?」
 すわんの言葉に、至恩S[シオンズ]ははじめて驚きの表情をうかべる。
『……ナンだと?』
「技術や経験はともかく、先程まで、[わたくし]とあなたの力の差は圧倒的だった。力まかせに蒸気を噴射すれば、あなたは追いつけなかったし、少々傷を負っても、私には、それを無効にできるだけの力があったわ……だから私を挑発し、精神的にスキを作ってから、弱点である柄頭を破壊した。
 今、私は圧倒的に不利なようだけど、実際はそれほどの差はないわ……出力も、ほぼ対等のはず……残った力を最大限、活用すれば……あなた達、《猫と狩人》が、いつもやってることですものね……私にも、まだ勝機はあるはずですわ」
『たいした自信だな……なら、そいつを証明してもらおうか?』
 そういって剣を構える、至恩S[シオンズ]
 だが、彼が一瞬見せた苦々しい表情が、すわんの言葉が正しいことを証明している。
 すわんもまた、剣を構えた。
 ま、ナンでも、いってみるものである。
 ちょっぴり、その気になってきた。 
 



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