トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル氏の像が日本で大変なコトに

いや、これはマズいどころのさわぎじゃない。

トルコ好きのくせに、トルコ情報にうとくてもうしわけないのだけれど、以前にいったことがある新潟県の『柏崎トルコ文化村』が2005年に閉園し、同地に寄贈されていたトルコ建国の父、ムスタファ・ケマル氏の銅像が、ビニールシートをかぶったまま地面に放置されているのだとか。

写真は2002年にトルコ村へ訪問したときに撮影したもの。

移転候補地はあるそうですが、係争中で権利者がさだかでないため、移設もままならないとのことだけど、そんな悠長なことをいっている場合ではありません。ともかく一刻もはやく、しかるべき場所に移設すべきです。 日本人にはピンとこないかもしれませんが、初代大統領のケマル氏はトルコで大変に尊敬されている方で、トルコ国中でその顔をみない日はないというぐらいの超有名人。銅像はそこらじゅうにあるし、紙幣に印刷された肖像は、全種類がケマル氏です。くわしくはWikipediaの記事をよんでいただきたいのですが、トルコ共和国の建国にさいして、比類なき実績をのこしておられます。

時は1920年代。ふたつの世界大戦のあいだに、ケマル氏は疲弊したオスマントルコ帝国をトルコ共和国として生まれ変わらせたわけですが、日本の歴史にたとえるなら、江戸から明治へ移行せず、旧来の権力機構を排し、強引に西洋式の近代民主国家へつくりかえたようなもの。それに異を唱える内部の敵と外部の侵略軍を自国民の力だけで撃退し、独立を国際的に承認させた。服装は洋装が基本。飲酒OK(ただし豚肉はNG)。イスラム教徒が多数派でありながらも政教分離を実施し、文字もアラビア文字から日本でいうローマ字のようなラテン・アルファベットに変更と、日本以上に徹底して西洋近代化を実施しています。

ここらへん、あまりにも強大なリーダーシップを発揮したものだから、尊敬を通りこして崇拝されちゃってるのは、民主国家の元首としては、いかがなものかと思う。トルコにおけるケマル氏の墓、アタテュルク(父なるトルコ人の意)廟の持ち上げすぎっぷりは、僕もあまり良い印象はうけなかった。

でもそれは、批判的精神の欠落した個人崇拝のきらいがあるのが問題なのであって、ケマル氏のひとがらや実績を尊敬する気持ちが、いささかも減じるわけではありません。 じっさい、トルコ国内でも、いきすぎた崇拝をいましめる流れがあるようです。たとえば2007年のトルコ興業銀行のCMでは、晩年のケマル氏が薔薇の手入れ(トルコのメタファー)をしながら、薔薇のトゲで血をながす──つまり、ケマル氏も血のかよった人間であり、彼の意志をうけつぐものは血をながしながらも薔薇園(トルコ)を育てなければならないというメッセージをながしています。

■2009年12月14日追記

このCMは、トルコのことわざ「バラを愛する者はトゲを我慢する」を 元にしていると思われます。

また、2009年から流通する新札は、表は全種類ケマル氏の肖像画描かれているものの、裏面にはケマル氏以外の人物が描かれることになるそうです。尊敬するからこそ、民主国家の元首を過度に崇拝してはならない。じつに良い傾向だと思う。

もちろん、ケマル氏がトルコ国内で過度に崇拝される傾向があるとはいえ、日本に友好の証として贈られた像をないがしろにして良い理由にはなりません。可及的すみやかに、問題の解決をはかる必要があるでしょう。 問題が金銭面であるならば、募金でもなんでも協力するんだけど、だれになにをいえばいいかハッキリしないのが、いちばんの問題みたいですね。

いやホント、ケマル氏の像にシートをかけて地面にころがしとくなんて、そんなことしちゃ絶対にダメだってば!

写真はイスタンブールで撮影した、まったりとボスフォラス海峡をのぞむケマル氏の像。いさましくないケマル氏の像はトルコでもめずらしいのですが、僕はこういうのが好きですよ。

トゥルキエ!

■2009年4月15日追記

本件の問題解決をめざす、オンラインの署名活動がスタートしました。さっそく署名したよ。

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